花は桜木、チョコはゴディバ

ほんの三日前まではゴディバというものに対する知識はなかったし、二日前に聞いた時も、「そういや聞いたことあるようないような」という印象でしかなかった。
それが今ではチョコレート全てがゴディバでなくてはいけないかのような価値観が自分の中で少しずつだが居座り始めている。
まるで戦争否定するのは日本国民ではないというような戦時中を彷彿させる雰囲気さえ漂っている。
二日前、友人が女性から貰ったゴディバのチョコを少し頂いた。確かに美味い。
別の友人の話だが、ゴディバのチョコというものはとても高価らしい。
友人が貰ったチョコは大体B5サイズくらいの詰め合わせなのだが、下手したら四、五千円はするらしい。
とても高価だ。あくまで自分の凡庸な味覚と浅はかな価値観からの視点だが、確かに美味いが値段とのバランスが合ってないのでは、というのが正直な感想だ。
昨日、帰宅して最初に目に飛び込んできたのが、テーブルに置かれた小さな箱に印字された「GODIVA」の文字だった。
こんなとこにも。猫も杓子もゴディバかいな。
兄が貰ってきたらしいが、ここでも一つ頂いてみる。
が、どの辺が普通のチョコと違うのか、想像もつかない。
と、ブランド志向という強大なものに明確なアンチテーゼを立ててみる。
チョコレート業界には無知そのものだが(そもそもゴディバがどう位置付けされているかも分からない。もはやメッシくらい?)、この二日間の出来事は日本でのゴディバ隆盛時代の到来を予感させるには十分だった。
と同時に、ブランド志向というものがチョコレートの世界にまで侵食しているのだと身にしみて実感した。
ゴディバを買う人の中で、どれほどの人がゴディバについて知っているのだ?